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日本語の「わかりました」は過去形か?

繰り返しになりますが、私は、日本語の口語文法がきちんと整理できていないうちに英語の文法用語がどんどん入って来ることが英語がなかなか身につかない原因の一つになっていると考えています。日本ではまだまだ「訳す」、つまり日本語を念頭に英語に変換したり、反対に英語を一旦日本語に変換してから理解することが普通に行われており、その変換ロジックに文法が用いられるので尚更です。

前回、英語の時制について考えました。時制とはあくまで文法上の決まりであって、英語の動詞の現在形はその名前にも拘わらず現在のことを表さないことについて述べました。そして最後に、”know” や “like” や “understand” などの動詞は、その状態がある過去の時点からずっと今も継続していて、恐らく将来も変わらないという性質を持つため、現在形で表す、ということに触れました。ここでややこしいことが起こります。

英語で自分が今言ったことや状況を相手が理解したかを確認する時は次のように言うでしょう。即ち現在形で、

— Do you understand?
— Yes, I understand.

ところが、このような場合、日本語では何と言うでしょうか?

— わかりましたか?
— わかりました。

国語の時間でなく、英語の授業で「〜した」というのは過去形だと教わりますので、これは過去形だと認識している人が非常に多いです。そこで、今度はこの日本語を英語にする時、次のように訳す人が多いのです。

— Did you understand?
— Yes, I understood.

これは英語としては間違いです。では、日本語の表現は何故過去形なのでしょうか? 実は、過去を表すと思われている助動詞「た」ですが、これは過去ではなく、完了の助動詞なのです。即ち、次の3つの状況を表します。

1. 動作が既に完了したとの判断
2. 動作が既に完了し、現在もその状態が継続しているとの判断
3. 将来の事態について、既定の事実であるかのように仮定して言う場合

そうです。英文法で考えれば、1番目と2番目は「現在完了」になりますし、3番目は「明日雨が降ったら」のような場合ですので、これは “If it rains tomorrow,…” と現在形で表現します。つまり、英語の先生が教えてくれたこととは異なり、英語で現在形を使用する場面に日本語の「た」は使われているのです。

この「た」の正体は、元々は文語文法の助動詞「たり」から来ています。文語文法では、日本語には過去または完了を表す助動詞には次の6つがありました。

  • つ …… 完了を表す
  • ぬ …… 完了を表す
  • り …… 完了・継続を表す
  • たり …… 完了・継続を表す
  • き …… 記憶にあることの判断、回想=単純過去
  • けり …… 過去に対する現在の認識=単純過去

微妙な心の動きを和歌に託してやりとりしていた昔(いにしえ)の人たちは、その微妙な感じをこれら6つの助動詞で使い分けていたわけですが、時代が下っていくにつれて私達が普段使っている口語では「たり」が省略された「た」だけが生き残ったというわけです。上の6つのうち4つが完了で単純に過去を表すのは2つだけであり、そのうち完了の「たり」だけが残ったということは、私たち日本人は過去のことをただ過ぎ去ったものとして過去に追いやるのではなく、その過去のことが今に何某かの影響を与えている、或いは今があるのはその過去の出来事の結果、というのをいつも感じているからなのかもしれません。例えば、「曲がった道」という表現は、その道が曲がるようなことが過去にあったのかもしれませんが、現在も「曲がっている」わけです。「わかりましたか?」は、自分が今説明したことで、相手が「わかるようになった」かを確認しているのであり、「はい、わかりました」は、あなたが説明してくれた時点で理解し、今もそのように理解している、ということを表しているのです。そして、そのような状況では英語では現在形を使う、ということなのです。そこで、最初の話に戻ると、

— わかりましたか?   → Do you understand?
— はい、わかりました。 → Yes, I understand.

ところで、私が仕事をしている現場では週に一度海外拠点と英語で会議を行っているのですが、ある時、その現場で英語の研修を担当しているアメリカ人の先生が、出席者が使っている英語のネイティブ・チェックに来てくれたことがありました。その時、私が “Understood!” という表現を使ったらしく、「Mr. Takuma はジャック・バウアーみたいだ」と指摘されたことがあるのでその話も少ししておきましょう。

そう、アメリカのドラマ「24 -TWENTY FOUR-」では「了解!」というような場面でよく “Understood!” という表現が出て来ます。ほら、やっぱり過去形じゃないか、と言われるでしょうか? でも、ポイントは、この表現、主語がないことが多いということです。”Understood.” 単体で出て来ることが多いのです。先生ご指摘のジャック・バウアーにご登場願うと、例えばシーズン1の第5話「4:00 a.m. – 5:00 a.m.」で警官殺しで捕まった容疑者にジャックが面会を求めるところ。

Policeman: You Bauer from CTU?
Jack: Yeah, that’s right.
Policeman: Look, the cop that he killed, she was my partner, you understand?
Jack: I’m sorry.
Policeman: I heard you went off on him before. I want him to go down for it, which means a clean bust. No more extracurricular activities.
Jack: Understood.
Policeman: All right. But l’ve got the access card. Now, you can go in with me or you don’t go in.
Jack: I’m fine with that.

字幕では、

Policeman: バウアーか?
Jack: そうだ
Policeman: 俺はやつに相棒を殺された
Jack: 気の毒に
Policeman: やつをムショに送りたい 違法捜査は困る 慎重に頼むぞ
Jack: 分かった
Policeman: アクセス・カードは俺が持つ 俺も一緒に—— 立ち会う
Jack: いいとも

さて、この “understood” の主語は何でしょうか? 実は、それが明確に出ているところがシーズン6の第15話「8:00 p.m. – 9:00 p.m.」に出て来ます。ダニエルズ副大統領が中東の国への核攻撃を進めようとしているところに意識が回復したウェイン・パーマー大統領から電話がかかってくるところ。

President Palmer: Noah, it’s Wayne.
Vice President Daniels: Mr President, it is an incredible relief to hear your voice. To be frank, it’s a surprise.
President Palmer: I’ve called off the strike, Noah.
Vice President Daniels: We just received word. Sir, this action is a product of careful deliberation between myself and the Joint Chiefs.
President Palmer: Yeah, well, be that as it may, the decision is mine and mine alone. I’m resuming my duties as commander in chief.
Inform Admiral Smith and the others there’s to be no action without my authorization. Is that understood?
Vice President Daniels: Understood, Mr President.
President Palmer: Good.

そうです。主語は “I” や “you” ではなく、”that”、つまり「私が話したこと、今言ったこと」であり、それが「理解されたか?」という受け身の形なのです。英語ではよく主語の “It’s” が省略されることがありますが、正に「了解!」の意味で使われている “Understood.”  の正体は “It’s understood.” なのであって “I understood.” ではない、ということです。

念の為に、上の部分字幕では、

President Palmer: ノア ウェインだ
Vice President Daniels: 大統領 お声を聞けて何よりです 正直驚きました
President Palmer: 攻撃は中止した
Vice President Daniels: 聞きました 大統領 この攻撃は統合参謀本部と討議の末—— 決定した事柄です
President Palmer: そうかもしれないが 決定は私が下す この私が 私は最高司令官に復帰する 皆に伝えろ 私の許可なく非友好的な措置を—— 取るなと 分かったな?
Vice President Daniels: 承知しました
President Palmer: よろしい

ダメ押しでもう一つ、”I understood” とこの “(It’s) Understood.” が両方出て来るシーンをご参考までに。シーズン5の第17話「11:00 p.m. – 12:00 a.m.」で、ローガン大統領が CTU に送り込んだ国土安全保障省のカレンにジャックの逮捕を命じるところ。

President Logan: Karen, I’m issuing an executive order for the immediate apprehension and arrest of Jack Bauer. I want you to run point on this, and I want you to make this CTU’s top priority.
Karen: Yes, sir. For purposes of the warrant, I’ll need to know what Bauer’s being charged with.
President Logan: His role in the assassination of President David Palmer.
Karen: But I understood that he’d been exonerated of that charge, sir. You, yourself, reinstated his credentials.
President Logan: I know, but I didn’t have all the facts then. Some new evidence has come to light.
Karen: New evidence?
President Logan: Yes. I’m looking at it right now and I will forward it to you at the appropriate time.
Karen: Yes, sir.
President Logan: Karen. Obviously, this is a very sensitive matter and for now I would like you to treat the origin of this warrant as confidential.
Karen: Understood, sir.
President Logan: Good.

President Logan: カレン 大統領命令だ ただちにバウアーを拘束しろ 君が指揮しろ CTU の最優先任務だ
Karen: はい 令状に記載する罪状を 教えて下さい
President Logan: パーマー暗殺への関与だ
Karen: 潔白が証明され 大統領が—— 復職を命じられましたが
President Logan: だがあれから 新たな証拠が出た
Karen: 新たな?
President Logan: そうだ 今この目で見ている しかるべき時に そちらへ送ろう
Karen: はい
President Logan: カレン 非常に繊細な問題だ 令状の出所は当面明かすな 機密扱いだ
Karen: はい
President Logan: よし

ローガン大統領の命令に対し違和感を覚えたカレンは “I understood that…” と言っています。「自分は今までこのように理解していたがそれは間違っていたのか?」というニュアンスですね。もっと言えば、”I do not understand.” 今はどういうことなのか理解できない、ということでしょう。そして2回目の “Understood, sir.” はこれまで見てきたように “It’s understood, sir.” ですね。

このように日本語の「わかりました」につられて “I understood.” というと、「今はわからない」という逆の意味になりかねないことに気をつけたいものです。長くなりましたが、日本語の「〜した」は過去形ではなく完了形であること、英語の “Understood.” の主語は “I” ではなく、 “It’s” であることを覚えておいて下さい。

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