前回は、文法用語というのは、ある言語の文法を説明するための特殊な専門用語であって、私達が日常使用している言葉と意味する範囲が異なるという話をしました。中でも英語の時制(tense)は日本人の持つ現実の現在・過去・未来などの時間(time)に関する感覚とことなるところがあり、注意すべきものの一つです。その最たるものが、私達が中学一年で一番最初に習う動詞の「現在形」です。
実は、英語の動詞の現在形は現在、即ち、今起こっていることを説明するためのものではありません。英語で現在形を使用するのは、一般的な、普遍的な事柄のことです。もっとわかりやすく言うと、昨日もそうだったし、今日もそうだし、明日も変わらないもの、例えば太陽が東から昇って西に沈む、といったことです。人について言えば、いつもはこういう生活をしている、朝何時に起きて、何時に朝食して、何時に出かけて、何時に帰宅して、何時に寝る、といったような事柄です。そのような観点から中学校一年生の英語の教科書を見直してみると、その大半が「自己紹介」や他人の紹介に費やされていることがわかります。つまり、私は普段こういうことをしている人です、彼はどういう仕事をしている人です、といった内容です。
英語では、現在起こっていることを表すのには現在進行形で表現します。実際の会話の場面ということを考えた時に、一番多いのは今起こっていることを人に伝えるか、或いは既に起こった過去のことを伝えることではないでしょうか。だからだろうと私は想像するのですが、世界で一番売れていると言われている外国人向けの英文法の本、レイモンド・マーフィーの English Grammar in Use は、一番最初の “Unit 1” が現在進行形の説明から始まります。その次が現在形、次に過去形、という流れで説明しています。そしてその現在形の説明がわかりやすいので少し引用しますと、
Alex is a bus driver,
but now he is in sleep.
He is not driving a bus. (he is asleep)
but
He drives a bus. (he is a bus driver)
「アレックスはバスの運転手で、今は寝ています。今はバスを運転しているわけではありませんが、彼はバスを運転する人です。」ということですね。”He is driving a bus.” と “He drives a bus.” の違いがわかりやすく説明されていると思います。この現在形と現在進行形の対比はよくシステムのバグの報告などにも表れます。つまり、本来は(普通は、一般的には)このように動作することになっているのに、今はこんな風に想定外の動きをしている、といった場合です。例えば、
According to the user manual, when you click “Info” button and the list of files associated with the account appears so you can choose files. After the last update, when we click “Info” button, the PDF file on top of the list is showing up in full screen and we cannot choose other files.(ユーザマニュアルによると、「Info」ボタンを押すとそのアカウントに紐付くファイルの一覧が表示され、これらのファイルを選択できるようになっているはずなのだが、前回のアップデート以来、「Info」ボタンを押すとリストの一番上にあるPDFのファイルが勝手に全画面で開かれてしまい、他のファイルが選択できない。)
英語の現在形はこのように今起こっていることでなく、一般的事実、普遍の真理、もう変わりようがないものについて述べる場合に使われます。だからでしょうか、英語の新聞の見出しでは、過去のことを現在形で表現します。例えば今朝の各紙のトップストーリー(何れも電子版)を見てみますと、
U.S.-China Trade Talks End With Strong Demands, but Few Signs of a Deal — The New York Times
Saudi Arabia Pushes for Oil at $80 a Barrel — The Wallstreet Journal
Giuliani revises his comments on Trump’s reimbursement of payment to porn actress — The Washington Post
Hawaii volcano: Massive quakes rattle island as lava damages homes — USA Today
これら見出しに出て来る動詞 “end”, “pushes”, “revises”, “rattle”, “damages” 何れも現在形ですが、実際には過去の出来事ですね。因みに、見出しで過去形に見えるものは過去分詞、つまり受け身を表していて、Be-動詞が省略されているのです。例えば、上の3つ目の記事に関連で The New York Times の記事にこういうのがありました。
Mr. Giuliani’s damaging statement played out on Fox News, Mr. Trump’s favorite network
この記事の “played” は過去形ではありません。これは過去分詞、つまり、”damaging statement was played” という意味で、フォックス・ニュースでそのような発言が流された、ということですね。
ちょっと長くなりましたが、繰り返しますと、英語では現在、今起こっていることを表すのには現在進行形を用い、現在形は昨日も今日も明日も変わらない事実について述べる時に用いるのです。
ここでもう一度マーフィーの文法書に戻ると、進行形にはできない動詞があることにも注意を促しています。日本語では「知っている」「わかっている」「愛している」など、何れも今のことのように表現しますが、よくよく考えてみれば、これらは今知っているだけでなく、昨日も知っていて明日も恐らく知っている状態は続いているわけであり、わかっているも愛しているも同じでしょう。なので、”know”, “like”, “want”, “realize”, “understand”, “believe”, “remember” などの動詞は進行形ではなく、現在形で表すという説明がなされています。
これらの動詞に関連して、次回は日本語の時制について考えます。